思いがけない緊張体験 その2

2017.11.05 08:56|未分類
2つ目の緊張体験も、意外なタイミングでした。

音楽仲間の室内楽の演奏会を聴きに行ったときのこと。

会場は、弦楽四重奏にほどよい小さいホール。
私は初めて行った場所でした。

なぜか、客席に着いたとたんに
じわじわっと妙に緊張してきたのです。

え?なんで!?!?
私、今日は弾かないんですけど・・・

自分の弾く予定の曲が演目に入ってるわけでもなし・・・
だいたい、ピアノの音すら聞こえませんけど!

なぜ緊張したのか、今でもわかりません。
来月の本番の会場に、広さが似てるな、と思ったから?
あるいは舞台にあがったのが、次の次に共演相手だったから?

いずれにしても
いったいどれだけビビりなんだ、私は!?と
自分で自分に心底あきれてしまいました。トホホ。

でも、待てよ。
こんな冷静に、緊張している自分を観察できることってないよな~。
さて、この緊張はいつまで続くんだろう?
まさかコンサート終わるまで続くのか?

どうやったら対処できるんだろう?
客席で出来ることなんて、深呼吸くらいしかないか。

あーあ、と落ち着かない気持ちで演奏を聴いていましたが
1時間弱して休憩時間を挟み、後半になると、
何となく緊張がおさまってきたような状態になりました。
いや、この状態に慣れてきただけかもしれませんけど。

もし今日、自分の出番があったとしても、
1時間くらい緊張を我慢すれば、場に慣れることができるということかしら?

そうだとしたら、本番の日はなるべく早く会場入りして
客席とかにいるようにすれば、
それなりに場慣れできのかな?

そんなことを考えました。

もしかしたら、本当に本番がある日は
いくら客席にいたところで、緊張感は続くのかもしれませんけど

ちょっと試してみる価値はありそうです。

発表会などでは、歳のせいで出番が最後のことが多い私ですが^^;
客席にいると緊張してきちゃうからと
楽屋などで待つことが多かったので。


思いがけない緊張体験 その1

2017.11.04 14:11|未分類

舞台の上で弾くことなんて、年に1、2回しかないのだから
緊張している自分に慣れるのって難しいよな~
と思っていたのだけれど

先日、思いがけないシチュエーションで緊張する体験を2度もしました。
どちらも無自覚な緊張のほうです。

1つは、家でいつも通りに練習していたとき。
ふと出来心で、何かの記事で読んだことのある
「わざとミスタッチする」という練習(?)を試してみたのです。

やり方なんてモチロン書いてないので(笑)
左手を跳躍させるとき、鍵盤も手も見ないで
わざと当てずっぽうな音を出してみた。

もちろん、予想外の変な音が鳴るわけで。

すると!!
いきなり自分の心臓がギューって縮こまって
次の音が何だかわからなくなったのです。

えーーーー!!
わざとやったのに、「今からミスるぞ」と意図的にやったことなのに!?

自分の耳が勝手に拒否して、カラダを勝手に堅くさせてるっていう
感じになりました。

これ、まさに私が本番中のミスから大崩れするときの状態と思われます。
まさか再現できるとは・・・^^;

でも、だからといって、これからどうするか。
わざと間違えた音を出す練習を繰り返して、
変な音に耳がビビらないように慣れる?
イヤ、そんなことしたら間違えることが身体に刷り込まれそうで怖い!

うーん???

でも、何というか予想外の崩れって
緊張で呼吸がいつのまにか小さくなるせいか、
はたまた緊張で身体が硬くなり、腕の動きがいつもより小さくなるせいか、あるいは
いつもと違う目線をしてしまうせいかな?と
思っていたのだけれど

「耳が突然のミス音を拒否ってパニックになる」というのが
一番、近い感じみたいです。私の場合。



そういえば、先日ヴァイオリンと合わせたとき
家で一人でピアノ練習しているときは全くミスらなかった場所で
自分の音がわからなくなってしまい、不思議に思ったのですが

帰ってから、よくよく楽譜を見ると、
ヴァイオリンの音とピアノの音が不協和音になるタイミングだったんです。

これも、耳が「なんかヘン」って驚いちゃったのかもしれないなぁ・・・
でも何度もCDとか聴いていた曲のになぁ・・・

ヴァイオリンの先生の音は、単音なのにピアノと同じくらいの大音量!
しかも何度も共演して慣れているチェロの音と違って、
ヴァイオリンの音域はピアノの右手寄りなのも
影響しているのかもしれません。



私の耳、どう鍛えればいいんでしょう(汗)

つづく


緊張に向き合う、気負いに向き合う

2017.10.27 13:51|未分類

このところ、メンタル対策として
コーチングやら、アレクサンダー・テクニックやら、スポーツメンタルの本をめくったり
人に会えば、何か緊張対策をしているか?と、きいてみたりしていました。

まぁでも、結局、これが正解!ってものなんてなくて
合う合わないは人それぞれなんだろうな^^;

自分で取捨選択して、しっくりくると思うものを試してみるしかないんでしょうね。

音符ライン3

緊張といえば。
自覚できる緊張と、無意識にしてしまう緊張があるんだな、と
先日の本番前に気づきました。

自覚できる緊張は、
舞台の袖で待機してるときの、心拍数ちょっと上がってるな、ドキドキしてる感じ。
弾いてる途中でミスタッチして、変な音が聞こえてびっくりドキーン!!冷やっ!!という感じ ^^;

でも、本番前のリハーサルで、自分的にはまだ全然緊張していないと思っていたのに
自分で出した音が思いがけず力みで割れていたのを聞いて、はじめて
あれ?もしかして私、もう緊張してるんだわ、と気づいたんです。
緊張してないと思っても、実は緊張していることがあるんだなぁ・・・と。
そういえば、以前ピアノの発表会前のリハでも、師匠に肘ガッチガチ!と言われるまで
力みに気づけなかったこともありました。

ということは。

緊張しないで、平常心で本番にのぞみましょう、とかって巷ではよく言われますが

実際、本番も全然緊張しないんだ!と言う友人知人はいないわけで。
この人は全然緊張してなさそうだよな、と思っていた人も、
口を揃えて皆さん、「緊張はしてるよ~~~」と言うのです。

元来ビビりな私は、どう転んでも「緊張してないわけがない」んだな・・・
舞台にのる日は、たとえ自覚してなくても、緊張してしまってるんだ!
それはごく当たり前の反応、自然現象で、仕方ないことなんだ!

だから、緊張しないように努力するより、
緊張していても大きく崩れないで弾けるようになるには、どうすれば?っていう方向で
考えた方がいいんだな、と思いました。

緊張を受け入れる?いや、そうでもなく。
緊張を『流す』と考えるといいんですよ、とヨガのコーチからもらったアドバイスは
私にとって、かなりしっくりくるものでした。

「あー、私いま緊張してるなぁ」と思うだけでいいんじゃないですか?と。
そこから、さらに「間違えたらどうしよう」とか、まだ起こってもいない先のことまで心配するのが
余計なことなんです、と。

あー、余計なこと・・・すなわち、邪念ですね

音符ライン3

それから、今回初めて考えたのは、気負いについて。

前回の本番が終わったあと、凹んでる私に
ダンナが「今回はいつもより気合いが入ってる感じだったよね?」
と言ったのです。
ちなみにダンナは演奏を聴きに来ていないので、
これは事前の自宅での私の様子の話。

でも、自分では今回の演奏会に、特別な思い入れがあったわけでもなく
特に気合いを入れて練習していた自覚もなかったので
え?そう??なんで、そう思われたのだろう???
とビックリしたのですが・・・

そういえば、初めて「後ろから譜読み」したり、後半練習を強化したことで
「これでどうだ!」的な気合いは、入っていたのかもしれない?
これだけ練習したんだから後半は大丈夫なはずだ、と思っていたから
後半でミスったときに、必要以上に動揺して崩れたのかも?と

これが、気負いというものだったのかも??


そもそも、私は別にノーミスで弾くのが目標ではありません。
機械じゃなくて人間ですから(笑)
聴き手が気にならない程度のミスは仕方ないと思っています。

でも、ときどき1つのミスタッチからガタガタと大きく崩れてしまうことがあって
そうすると音楽の流れが滞ってしまうので
それは何としても避けたい!
だから、そのきっかけになってしまうようなミスタッチは出来るだけ避けたい。
そんな流れで、どうしても「まず楽譜通りに弾ける」練習を優先してしまう・・・

よくよく考えると、それでも結局、ミスはしてしまっているわけだから
悪循環というか・・・ノーミスを目指してしまうと、そこから抜けられないのかも?

防げないミスは絶対ある、だけどスグ復活できればいいじゃん!と
思考回路を変えていったほうがいいかも?
絶対大丈夫!とか無理に思い込もうとするより、
多少のミスは想定内とするほうが、身の丈に合っているかも?

バジル先生の 吹奏楽部員のための ココロとカラダの相談室(メンタルガイド編)』という
アレクサンダー・テクニックの本を読んでいて
刺さる台詞がありました。

「気をつけることをポストイットに書いて貼って、はがしていく練習だけでは
面白い演奏にならない、頭の中がポストイットで一杯になっちゃうから。」
っていう、あるサックスの先生の言葉です。

予定調和的では面白くない、
もっと曲を面白がりながら演奏しましょう、と。

間違えないようにしなきゃ!とキリキリしてたら
そんな気持ちの余裕はできませんね^^;

音符ライン3

声楽の先輩からの話も、なるほど納得でした。
習っている歌の先生はピアノが上手じゃないんだけれど
レッスンでテキトーに伴奏を弾いてくれて、いっぱい間違えてるんだけど
なのに不思議と歌いやすいんだ、とおしゃるのです。

細かい音うんぬんより、
こういう音楽だ!と示してくれている、そこがポイントじゃないか?と。

私も、その歌の先生の伴奏ピアノを聞いたことがあるだけに
納得せずにはいられませんでした。

特に伴奏では、例え自分のピアノができなくたって、
相手が弾きやすければOKなところがあるんだから
自分の出す音ばかり細かく見すぎると、音楽が共有できなくなるよ、と
アドバイスをいたたきました。

気にしすぎ!真面目すぎ!
昔から、先生によく言わてる言葉です。

いい意味でのテキトー感を身につけたいなぁ・・・

『BLUE GIANT』を読む

2017.10.17 11:00|未分類
凹んだあとは気分転換でしょ!と、音楽マンガを読んでます。
『BLUE GIANT』
映画になった『岳 -みんなの山-』の作者、石塚真一さんが描く
ジャズサックスのお話です。

私はジャズは全く弾けないし、管楽器も経験ナシですし
野心あふれる若者でもありませんが(笑)
私の好きなミュージカル俳優・石丸幹二さんのおすすめで、
気になっていた本です。ふふふ

まだ5巻までしか読めていませんが
登場人物が、いかにもマンガちっくな「練習してないのに上手い」人ではなく
ただただ好きで練習を積み重ねている人だ、ということに好感を持ちました。
楽器代やレッスン代の捻出に悩むところとかも、現実的!

そして、現実離れしているのは、主人公の強すぎるメンタル!!
先が見えなくても、壁にぶつかっても、人に批判されても、
くじけないし、自分に対する自信も失わない。
自信満々なのに、しかもその自信には根拠がないのに
ぜんぜん胡散臭くないのは、地道な努力が描かれているからでしょうか。

結局、気合いと熱意と出会いが人を成長させるんだな~、
ささいな失敗にめげてはいかんな~、と
主人公の倍以上の歳になってしまった私、反省しております

刺さる台詞も多々、でてきます。

私にグサグサきたのは、「間違っていい!絶対ビビるな!!」・・・^^;

「技術と内側が、つながるポイントがある」というサックスの先生の考えにも
何となく共感しています。
なかなかそれが出来ない!そこへ目指したい!
ジャンルは違っても、それは同じなんですね。

それだけでは足りなくて、音と自分がつながるだけではダメで
プラス、周りの音をきかなければならない、ということも。

音大に行ったのに音楽の道をあきらめた子が
プロになるには必要な才能が3つある、って言うシーンがありました。
技術の才能、努力の才能、そして心の才能だと。

才能→努力に置き換えれば
ただのアマチュアの私にも、しっくりきます。
やっぱりメンタルを鍛える努力がもっと必要なんだなー!

続きを読むのが楽しみですが
次の本番が終わってからのお楽しみにとっておいて
ぼちぼち練習しようっと

アウェイで学ぶ

2017.10.16 16:05|未分類

このところ、伴奏での本番が続いていて
ピアノではなく違う楽器の先生に音楽を習う機会が増えています。

ピアノの師匠にソロ曲を習うときは
この曲をどう演奏したい?
もっとステキにするには、どうしたらいいか?
ゼロから手探りで考えながら、あれこれ試しながら
少しずつ積み上げて作っていく感じがします。
そのために、欠けているテクニックは何か?どう練習していけばいいか?
ということを、今の私の力量をふまえた上で、
しかも順を追ってアドバイスいただけるわけですが


アウェイの先生に伴奏を突っ込まれるときは
そんなに親切丁寧ではありません。
まず選曲からしてこちらの実力は考慮されてないし(苦笑)
レッスンの機会が少ないですから、積み上げるというより
いっぺんに様々な要求をドカンとされます。

「ここはもっと、こんな音色がほしいね。(そのための方法はわからないけど、ハハハ)」
「そこはテンポもっとあげられますか」
「あそこは後ろからついてこないで、どちらかというと押す感じで」
「こっちはベース音もっとガツンと」
「そっちはソロとの掛け合いの雰囲気がもっと出るといいね」
「あっちのフレーズはもっともっと長いと思って」
「ここの流れは、この音に向かっていますね」

もちろん私がアマチュアだとご存知の上での要求ですから、
手加減されているはずですし、どの先生も口調はお優しいのですが・・・
私の今のテクニック的には難しいことをサラッと言われたり
どういう練習をすれば求められる音が出せるかわからないこともよくあって
冷や汗の連続ですし、追い込まれ感も強いです

でも、目指すところが具体的で明確。手探りという感じではありません。
おかげで、引き出しが徐々にではありますが、増えてきた・・・というか
開け閉めすることができるようになってきた、と感じます。

音型につられて、フレーズを短くしすぎないこと
(伴奏が下降音型でもソロは盛り上がってたりする)
オクターブを弾くときは、漠然と弾かずトップ音とベース音のバランスを意識するということ。
アルペジォを、素速く弾くか、ゆったり弾くかで、印象がぜんぜん変わるし、
ソリストとの呼吸の合う合わないもきまってくること。
スタッカートとひとことでいっても、いろいろな性格の音色があること。
音楽的なフレーズと、技術的なフレーズは時に違うことがあるということ。
ペダルを離すタイミング、どれくらい余韻を残すかにもっと敏感であれということ。
弾けるテンポでなく、演奏したいテンポはどれくらいか?の意識。

そして、目指す方向はどこなのか常に頭に入れて音楽を流すと
肉体的にも精神的にも弾きやすい、ということ。
緩急、大小のメリハリが曲を生き生きさせるということ。
自分の出す音だけに一生懸命になっては、アンサンブルは成り立たないということ。

先月のアウェイレッスンでは
そんなことを改めて気づかせてもらいました。

中にはピアノの先生から以前に言われたことがあるものも多く
一度言われれば身につくというわけでもないわけで
自分の応用力のなさにトホホなんですが。

ピアノの先生によるレッスンと、ちょっとアプローチは違っても
目指すところは一緒だ、と感じます。
どんな楽器の先生からも、学ぶことはいっぱいあります。

本番前に舞台袖で、ピアノの蓋が全開で大丈夫だろうかと心配する私に
(舞台リハがなかったので、音量バランスが上手くとれるか不安だった)
「そんなこと考えなくていいから、思いっきり弾いてください」と
チェロの先生が軽く声をかけてくださったおかげで、勇気100倍
今回の本番はいつになく手探り感なしで、迷いなく弾き出すことができました。

伴奏を経験するたびに、恩人が増えていきます。
本当にありがたく、幸せなことです

今週はヴァイオリンの先生のレッスンがあります。
新しいチャレンジになりますが、前回の反省を生かして
イメトレ重視で頑張ってみようと思います。
ページトップへ